日曜日, 10月 23, 2005

ポップカルチャーの、きわめて俗であるその理由は、金を稼げる「美術的視点」を褒め称える行為そのものに、まったく芸術的な観点での考察が見られないことにある。

伝統的価値観を押し付けているだけの誹謗中傷は、批判ではなく、毒でもない。人間性無視の全体主義というポピュリズムには、発展性も、実は持続性もありえない。

ボージュの美しい山並みの家と庭の広さが、各自確保されているのは、教育が行き届き、各自に富の蓄積があり、そして各コミューン単位の土地利用が効率的であることだと考えられる。個人の庭や家屋の手入れが、それぞれに美と生活を追求するものであるところが、この景観を作り上げている。

ゆるやかな傾斜の緑の丘に、牛がそこここで草をはんでいる。前足を折り曲げて座り込む牛。白い牛。柔らかな茶色の牛。ホルシュタイン。そこには、人間のように、ある一定の場所に、間隔を置いて、木が生えている。木々は完全な形をして、そして影を地面に映している。ときに、厚い雲が空を覆う。差し込む日の光。そしてやがて太陽が照り輝くと、その向こうの山の緑とこの地全体が輝く。山腹を行く道を、自動車が猛スピードで走り去っていく。自転車で、この地を走っていくサイクリストがいる。

道路の先には町がある。町には別の生活がある。政治があり、仕事があり、生活があり、人生の困難がある。さまざまな様相をした人々が、さまざまな心配事を抱えて、ときにごく上品な身なりをして、一人で、あるいは友人と語り合いながら、家族のメンバを連れて歩く。それぞれの町に、また違った傾向があり、その予算も、目指す方向も、そして意思決定機関も異なっている。Gerardmerは観光地である。スキー客による冬の観光がある。町の中心にメリーゴーランドがある。山を越えると、川のほとりに大々的にホテルがある。周辺の山々に家が建っている。そこからの眺めは美しい。Remiremontはもっと大きな都市である。商店街は工事中であった。この町の教会は、パリのルーブル宮殿の灰青色の屋根、ナポレオン聖堂を思わせるような白く輝く内装を持った大聖堂である。パイプオルガンの音律を調整していた。郊外にはLeclercがあって、低い屋根に青い文字で書いてある。

夕日がオレンジ色に家屋を照らし、その長い影が緑の牧草地に映っていく。レンガ色の屋根、白い壁が輝く。木々のシルエットが暗黒にのまれていく。高速道路をとばして帰路に着く。

フランスという国は、とても大きい。一人一人の生活を支え、その存在を肯定し、そして肯きながらただ問い続け、その連続した時代のあり方というものを提示していく。真実であることを、人間の存在を裏切らないことを、そしてあるがままであることを、はかない存在でありながら、そして全世界を作り出す人間の営みを、否定することなく受け止めることを、その約束を誓っている。